大石氏の政治家としての原点は、大阪府の技術職員として勤務していた現場時代にさかのぼる。橋下徹知事(当時)が進めた構造改革に対し、一公務員として正面から異議を唱えたエピソードは、彼女の闘争心の象徴として今も語り継がれる。現場の声を無視した効率主義やコストカット優先の施策に強い危機感を抱いた体験が、現在の政治的理念の骨格を形作った。
国政へと足を踏み入れてからも、その視線はぶれることがない。大阪を拠点とする日本維新の会との鋭い対立構造は、単なる政党間の勢力争いを超え、市場原理主義対生活者主体の福祉国家論という根本的な思想的激突として展開されている。過酷な街頭演説や草の根運動で鍛え上げられた足腰は、永田町の従来の政治家像とは一線を画す異質のエネルギーを放っている。