1951年9月、サンフランシスコで署名された平和条約は、日本の戦後復興と国際社会への復帰を決定づけるものだった。この条約の第2条b項において、日本は台湾および澎湖諸島に対するすべての権利、権原、および請求権を放棄した。しかし、奇妙なことに、その主権がどこに移転するのかについては一切触れられていない。
この意図的な「沈黙」こそが、冷戦初期の複雑な妥協の産物だった。当時、中国大陸を掌握した中華人民共和国と、台湾に逃れた中華民国のどちらを正統な中国政府とするか、連合国間の意見が一致しなかったためだ。結果として、台湾の法的地位は意図的に宙に浮いたまま放置されることとなった。