「日出処の天子、書を日没する処の天子に致す。恙無きや」——隋の煬帝を激怒させたことで有名なこの国書。従来は、大和朝廷が中国と同等の対等外交を主張した誇り高き外交文書として称賛されてきた。
だが、当時の東アジア情勢を複眼的に分析すると、まったく別の狙いが見えてくる。朝鮮半島での高句麗・百済・新羅との緊迫した軍事均衡の中で、大和朝廷は隋からの軍事介入を回避しつつ、東アジアでの独自地位を確立する必要に迫られていた。皇子が主導したとされるこの強気の外交文書は、単なる強がりではなく、計算し尽くされた高度な情報戦だったのだ。