数年前から全国の寺社を揺るがしているのが、金融機関による硬貨取扱手数料の改定だ。大量の1円玉や五円硬貨を集計して口座へ預け入れる際、預入額を上回る手数料が発生するという逆転現象が生じ、多くの宗教法人が財政的打撃を被っている。賽銭を受け取れば受け取るほど赤字になるという皮肉な現実は、伝統的な喜捨のシステムを根本から揺さぶり始めた。
この苦境を突破すべく登場したのが、鳥居の傍らや拝殿前に設置されたQRコードによるキャッシュレス決済である。スマートフォンをかざし、PayPayなどを通じて1円単位から賽銭をデジタル送金する試みは、会計の透明化や盗難防止の観点からも一定の評価を集める。だが、信徒や伝統派からは激しい反発の声も上がった。「画面をタップするだけの行為に、自らの身を削る神聖な痛税感はあるのか」という問いだ。
キャッシュレス決済は単なる決済手段のアップデートではない。小銭の擦れ合う金属音、木製の賽銭箱に当たる乾いた衝撃、そして手元から物が離れていく喪失感——そうした身体的感覚を伴う儀礼空間をいかに再構築するかという、極めて現代的な神学的命題を私たちに突きつけている。