彼の原点を語る上で欠かせないのが、本名でもある「津坂匡章」という名義と、伝説的な劇団俳優座での修行時代だ。名優たちがひしめく15期生(いわゆる「花の15期」)の同期として、原田芳雄や地井武男らと切磋琢磨した経験が、彼の演技の土台を築き上げた。
松竹株式会社が製作する映画群において、彼は泥臭くも愛嬌のある若者像を次々と演じ、確固たる地位を築いていく。スマートな二枚目とは一線を画す、市井の人々の悲喜こもごもを背負った演技。それこそが、日本映画の歴史に深く刻まれた彼の真骨頂であった。
後に「秋野太作」へと改名してからも、その根底にある骨太なリアリズムは微塵も揺らがなかった。観客をクスリと笑わせ、次の瞬間には切なさで胸を締め付ける。あの独特の間合いは、名門の舞台と過酷な映画現場で徹底的に鍛え上げられた職人技の結晶である。