戦後政治の原点を語る上で、吉田茂の存在を外すことはできない。白洲次郎を右腕に据え、GHQ最高司令官マッカーサーと対等に渡り合った「ワンマン宰相」。サンフランシスコ平和条約と旧日米安全保障条約の調印を断行し、国際社会への復帰を果たした功績は計り知れない。軽軍備・経済重視の「吉田ドクトリン」は、その後の日本の繁栄を方向付けた。
吉田の退陣後、政治の舞台は大きな転換点を迎える。1955年、保守二党の合流によって誕生した自由民主党と、対抗勢力としての日本社会党による二大政党構造、いわゆる「55年体制」のスタートだ。
この安定した政治基盤こそが、産業界と官僚組織を結びつけ、奇跡的な高度経済成長を支えるエンジンとなった。自民党内の激しい派閥抗争は、ときに政策論争の場として機能し、政権交代なき政権交代を可能にしていたのである。