そもそも彼の役者人生は、常に予定調和を嫌う知的な挑戦の連続だった。エリートコースを捨てて飛び込んだ劇団四季では、浅利慶太の厳しい指導のもとで徹底的な身体表現とセリフ術を叩き込まれた。しかし、正統派ミュージカルの枠に収まりきる器ではなかった。
その後、柄本明やベンガルらが旗揚げした劇団東京乾電池の活動に関わり、アンダーグラウンドで不条理な演劇の洗礼を浴びる。端正な発声と怪優としてのナンセンスさ。この水と油のような二つの要素を自在に行き来できたからこそ、日本の演劇界において彼しか演じられない独特のポジションを確立したのだ。軽妙洒脱でありながら、どこか心の奥底を見透かすような鋭い眼差しは、この型破りなキャリア形成の中で磨き抜かれたものだった。