神保町の起源は、江戸時代末期に旗本の神保長孝の屋敷があったことに由来します。街が「本の街」へと大きく舵を切った決定的な契機は、明治時代初期に近隣の駿河台周辺へ東京大学の前身諸機関をはじめ、明治大学、中央大学、専修大学、日本大学などの高等教育機関が相次いで創立されたことでした。
当時、日本が急速な近代化を推し進めるなかで、法律や西洋の学問を学ぶ学生や学者たちが大量の専門書や洋書を必要としました。これに応える形で、教科書や専門書の輸入販売、学生同士の古書売買を仲介する露店が自然発生的に集まり、一大古書店街へと成長を遂げたのです。
街の景観を観察すると、ある極めて合理的な都市構造に気づきます。靖国通り沿いに立ち並ぶ老舗古書店の大部分が「通りの南側に位置し、店舗の入口が北側を向いている」という点です。これは直射日光による貴重な古書の紙焼けや劣化を防ぐための先人たちの知恵であり、千代田区景観まちづくり重要物件にも数えられる歴史的街並みの根幹を形作っています。