この場所の正式名称が三鷹市立アニメーション美術館であることを知る人は案外少ない。行政とスタジオが手を取り合い、単なる一企業のテーマパークではなく、地域の文化拠点として産声を上げた経緯がある。設立初期の構想段階において、スタジオジブリの双璧である高畑勲と宮崎駿の間では、展示の在り方を巡り徹底的な議論が交わされた。
高畑は常に客観的かつ学術的な視点から、アニメーションという表現媒体の歴史と技術的進化を記録・展示することの重要性を説いた。一方の宮崎は、観客が感覚的に驚きと喜びを体験できる空間づくりを主張した。この二人の相反する美学が結晶化したからこそ、教育的な深みとエンターテインメントの高揚感が奇跡的なバランスで同居する稀有な空間が誕生したのだ。