山口裕子氏の最大の功績は、机の上のデザインにとどまらず、自らファンのもとへ飛び出した「サイン会」という画期的な手法を定着させた点にあります。1980年当時、キティは「ワンパターンで飽きられた」「小学生になると恥ずかしくて持てない」と囁かれ、売上が著しく低迷していました。
危機感を抱いた山口氏は、全国のサンリオショップを行脚するサイン会を企画。そこで行われたのは単なる署名ではなく、一人ひとりのファンと目を見て会話し、「どんなキティが好き?」「次はどんな色がいい?」とリクエストを直接ヒアリングする徹底的なマーケティングでした。
当時の様子について、参加したファンたちからは今も絶賛の声が語り継がれています。
「サイン会で『看護師になりたい』と伝えたら、その場でキティちゃんにナースキャップを描いて手渡してくれた。一生の宝物です」(40代・看護師女性)
「海外のイベントでも、何時間も行列が途切れない中でずっと笑顔を絶やさず、通訳を介して子どもの目線に合わせてしゃがんで話を聞いていた姿が忘れられない」(30代・イベント関係者)
「ファンが求めるものを形にする」という山口氏の信念は、黒い輪郭線をなくしたパステル調のキティや、女子高生ブームの起爆剤となったピンクキティ、さらにはテディベアを抱いたキティなど、従来のサンリオ社内のルールを覆す数々のヒット作を生み出しました。ファンとデザイナーが直接つながることで生まれた強固な信頼関係こそが、キティちゃんを一時的なブームから永久不滅のカルチャーへと昇華させた原動力だったのです。