バイオレンス映画の巨匠として世界的に評価されていた時期に、北野武があえて放った一球が『菊次郎の夏』だった。オフィス北野とバンダイビジュアルが製作を手掛けた本作は、従来の「キタノ・ブルー」が象徴する死の匂いを排し、生命力に満ちた真夏の景色を背景に据えている。
撮影現場における北野の演出は、即興性に満ちていた。少年・正男役の演技を自然に引き出すため、あらかじめ詳細な説明を与えず、カメラの前で突発的なやり取りを生み出していく手法が採られた。カンヌ国際映画祭での公式上映時、満員の観客から送られた万雷の拍手は、この実験的なアプローチが世界基準で結実した瞬間だった。