小説家・日本の教師・評論家・英文学者・俳人として活躍していた夏目漱石。
彼の死後なぜ脳保存をすることになったのか。
その経緯について迫っていきます。
妻の指示により解剖決定
夏目漱石の死後、脳の解剖解剖を指示したのは妻の鏡子夫人でした。
鏡子夫人は夏目漱石の亡くなった後に、東京大学医学部に脳の解剖を依頼しました。
これには末娘の死と深く関係があり、解剖は夏目漱石の願いでもあったからこそ鏡子夫人が依頼したのです。
娘・雛子の突然死の影響
夏目漱石は末娘の雛子が1歳の頃に原因不明で亡くなったことに対して、死因を追求しないままにしたことを後悔していました。
このことが夏目漱石の脳保存に影響を与えることになったのです。
ちなみに、夏目漱石には7人の子供がおり、2男5女でした。
また、夏目漱石自身が疾患に悩まされていたこともあり、自分が亡くなった場合に解剖して死亡の原因や病気について調べてもらうことで、「今後の医学に役立ててもらいたい」という気持ちがあったと言われています。
その結果、鏡子夫人も漱石の遺志を汲み、解剖を依頼することにしました。