日本の仮名文字のルーツを辿ると、古代の「万葉仮名」に突き当たる。漢字の意味を捨て、その「音」だけを利用して和歌を書き留めたこの手法は、やがて筆記のスピードと美意識によって急激に崩され、流麗な「くずし字」へと進化していった。
平安時代、紀貫之が男性でありながら仮名で心情を吐露した『土佐日記』や、紫式部が宮廷社会の人間模様を描き出した『源氏物語』の草稿は、まさにこの多様な仮名の宝庫だった。同一の文章の中でも、前後の文字との繋がりや紙面全体の余白、流れるような書線の美しさを追求するために、筆者は異なる字体(変体仮名)を意図的に選んでいたのである。
「あ」という一つの音であっても、柔らかなニュアンスを出したい時には「安」から生まれた字を使い、鋭い響きを持たせたい時には別の漢字由来の字を使う。それは単なる記号を超えた、極めて視覚的・芸術的なデザイン表現であった。