1978年、細野晴臣の呼びかけによって高橋幸宏、そして坂本龍一が集結し、イエロー・マジック・オーケストラ(YMO)が産声を上げた。当初、坂本はコマーシャルなバンド活動に対して懐疑的な態度を見せていたという。しかし、細野が提示した「チャンキー・サウンド」の構想と、高橋のタイトで洗練されたドラミングに触発され、自身の持つ緻密なコード感覚とシンセプログラミングの才を一気に解き放つことになる。
シンセポップの概念を根底から覆したYMOのサウンドは、瞬く間に日本を飛び出し、欧米ツアーで大熱狂を巻き起こした。真っ赤な人民服に身を包み、無表情でテクノロジーを操る坂本の姿は、冷徹なエレクトロニクスと官能的なメロディの融合を象徴していた。3人の天才が火花を散らしたセッションは、まさに日本のポップミュージック史が世界標準へと跳躍した決定的な瞬間だった。