この巨人は地域によって「でえたらぼっち」「ダイダラボッチ」「でいだらぼっち」「だいらんぼう」など、実に多様な呼び名を持っています。でえたらぼっちの由来を紐解く鍵となるのが、漢字表記の「大太法師(おおたほうし)」です。「大太」はずば抜けて大きいこと、あるいは長男を意味する「太郎」の語源にも通じ、「法師」は神仏に仕える者や修行僧、あるいは異形の能力者を指します。つまり「偉大なる法師」「人知を超えた巨大な聖者」というのが本来の言語的ルーツです。
文献として日本最古の記録が残されているのは、奈良時代初期(713年編纂開始)の地誌『常陸国風土記』です。現在の茨城県水戸市塩崎町にある大串貝塚について、「昔、平津の駅家に巨人がおり、身を起こして浜のハマグリを掘り食らっていた。その食べた殻が積もって岡となった」という記述が見られます。古代人が貝塚という人工の遺構を理解できず、あまりの規模の大きさに「巨人の仕業」と解釈した貴重な証言です。
日本神話における国生み・国造りの主役といえばイザナギやオオクニヌシですが、民衆の間ではより素朴で生々しい巨人伝説が口承文芸として生き残り、各地の郷土史に深く根を下ろしていきました。