興味深いことに、英語圏やヨーロッパ諸国には「家族サービス」に直接該当する単語が存在しない。英語の「Family time」は、単に家族で過ごす時間を指し、そこに伴う義務感や奉仕のニュアンスは極めて薄い。
なぜ日本だけでこの言葉が定着し、未だに使われ続けているのか。それは、労働時間の長さと、家庭内における個人のアイデンティティの希薄さに起因している。仕事を最優先とすることが前提の社会構造があるからこそ、家族と過ごす時間が「特別な奉仕活動」として切り離されてしまうのだ。この構造自体を見直さない限り、言葉の呪縛から逃れることは難しい。