倒産直後から、世田谷の自宅には連日のように強面の借金取りや債権者、ヤクザが怒号を上げて押しかける修羅場と化しました。逃げ腰になる夫を尻目に、佐藤愛子は一人で矢面に立ち、債権者たちと一歩も引かずに渡り合いました。
あまりの絶望的状況の中、彼女が選んだ武器は「書くこと」でした。夫の無責任さや借金取りとの凄絶な攻防戦、人間のエゴと滑稽さを生々しく、かつユーモアあふれる筆致で描き上げた小説『戦いすんで日が暮れて』を1969年に発表します。この作品は文壇から絶賛を浴び、見事に第61回直木賞を受賞しました。
直木賞作家となって以降も過酷な返済生活は続きました。田畑麦彦とは1970年代に正式離婚したものの、残された莫大な債務を免れることはできませんでした。彼女は睡眠時間を削り、小説やエッセイの原稿用紙を凄まじいスピードで埋め尽くす日々を送り、実に約30年もの歳月をかけて巨額の借金を全額完済したのです。