政治の世界へ飛び込むきっかけには、父・藤川友信の存在があった。八戸市議会の重鎮であり、副議長も務めた父の姿を幼少期から見て育った彼女にとって、政治は遠い世界の出来事ではなかった。だが、その父が県議選で落選したことを機に、地盤を引き継ぐ形で出馬を決意した際には激しい葛藤があったという。
「二世」の看板は時として重荷になる。親の七光りというレッテルを跳ね返すためには、誰よりも現場を歩き、数字とファクトで行政を動かすしかなかった。八戸市議会という保守色の濃い組織の中で、若手女性議員として発言権を確保する戦いは想像を絶する厳しさだった。
彼女は自由民主党の党籍を持ちながらも、単なる党利党略にとらわれない柔軟なスタンスを維持してきた。中央の論理をそのまま持ち込むのではなく、あくまで八戸市民の生活実感を起点にする姿勢が、回を重ねるごとの選挙での圧倒的な得票数につながっている。