1990年の公開当時、『稲村ジェーン』は映画ファンの枠を飛び越え、日本中の文化人を巻き込む一大論争へと発展しました。その中心にいたのが、映画監督としても世界的な評価を得ていたビートたけしと伊丹十三です。
ビートたけしは自身の番組や著書などで「映画の体をなしていない」「まるで長いプロモーションビデオを見せられているようだ」と手厳しい批評を展開。ストーリーの論理展開や演技指導の粗さを指摘し、映画界の外からメガホンを取った桑田佳祐に対して容赦ない言葉を浴びせました。
それに対して『マルサの女』などで知られる巨匠・伊丹十三は、「これこそが新しい映画の文法だ」「映像と音楽がこれほど高い次元で心地よくシンクロしている作品は珍しい」と絶賛。論理よりも感覚、ストーリーよりも空気感を重視した前衛的なポップアートとして高く評価しました。この「映画かPVか」という議論そのものが作品の知名度を押し上げ、当時の若者たちのカルチャーアイコンとなったのです。