菅田将暉を単なる「イケメン実力派」と呼ぶのは、彼の本質を見誤っている。彼は役柄の皮膚をまとうのではない。その役が抱える「痛み」や「歪み」を、自らの肉体に直接インストールしてしまうのだ。『あゝ、荒野』で見せた飢えた獣のような眼光から、『ミステリと言う勿れ』での飄々とした知性まで、その振り幅はもはや怪奇現象に近い。
平成から令和へと移り変わる混沌とした時代の中で、若者たちが抱える閉塞感や、言葉にならない焦燥感を最もリアルに体現していたのが彼だった。時代が彼を求め、彼もまた時代の空気を敏感に吸い込んでスクリーンに吐き出していた。