生傷が絶えず、破傷風や神経損傷といった重篤な後遺症のリスクを背負いながら、なぜ彼らはデスマッチをやるのでしょうか。その最大の理由は、「痛みを介して自らの生き様を観客に届け、生きている実感を掴むため」に他なりません。
葛西純選手はかつて「死ぬためにリングに上がっているんじゃない、生きている実感を味わうためにデスマッチをやっている」と語りました。情報過多で希薄になりがちな現代において、リング上で流れる真っ赤な血と生身の痛みは、何よりも生々しい“命の証明”です。
観客もまた、傷だらけになりながら立ち上がるレスラーの姿に、自らの人生の苦難や葛藤を重ね合わせます。痛みを恐れずに前へ進む選手の姿から勇気をもらうからこそ、デスマッチはカルト的な人気を誇る人間ドラマとして愛されているのです。