そもそも、皮膚とは異なる湿潤な粘膜組織である口の中に、ほくろができることはあるのでしょうか。日本口腔外科学会などの知見によると、口腔粘膜にもメラニン色素を生成する「メラノサイト(色素細胞)」が存在しており、皮膚と同じようにメラノサイトが増殖して良性の腫瘍を形成することがあります。これが医学的に「色素性母斑」と呼ばれる、いわゆる口の中のほくろです。発症部位としては、頬の内側の粘膜、歯茎(歯肉)、口蓋(上あごの天井部分)、舌などが挙げられます。
しかし、患者が「口の中にほくろが突然できた」と訴えてクリニックに駆け込むケースにおいて、頻度として圧倒的に多いのは外傷性の血豆(血腫)です。食事中に無意識に頬の粘膜を強く噛んでしまったり、硬い煎餅やフランスパンの先端、あるいは尖った魚の骨などが粘膜を傷つけたりすることで、粘膜下で内出血を起こして黒赤色の豆のような膨らみが形成されます。
血豆と真のほくろを見分ける生理的な決定打は、発現からの時間経過です。毛細血管の破綻による一時的な血腫であれば、通常は1週間から2週間程度で血液成分が組織に再吸収され、自然に縮小して消退します。一方、メラノサイトの増殖によって生じたほくろは、何週間経過しても自然に消えることはありません。2週間以上が経過しても黒い点がまったく薄くならず残存している場合は、単なる血豆という選択肢は除外され、組織学的な精査が必要な段階へと移行します。