1980年代初頭、日本の教育現場は校則による極端な行動制限や服装規定を強める「管理教育」のピークに達していました。服装や髪型を均一化しようとする学校権力に対し、10代の少年少女が手にした最も直接的な抵抗手段が「衣服のシルエットの改変」でした。社会学の研究資料や当時の教育白書が示す通り、校内暴力の発生件数がピークを迎えた1980年から1983年にかけて、ツッパリ現象は単なる非行を超え、若者のアイデンティティ確立の儀礼として機能していました。
心理学における「心理的リアクタンス(自由を制限された際に、それを取り戻そうと強く反発する心理)」の観点からも、制服という厳格な枠組みの中でミリ単位の改造を施す行為は、自己決定権を取り戻すための闘争でした。また、1980年にデビューした「横浜銀蝿」の爆発的ヒットや、少女漫画・少年誌における不良キャラクターのヒーロー化など、メディアによる商業的増幅が地方都市へと波及。不良であること自体が一種の「洗練されたステータス」として消費される土壌が完成したのです。