惨劇が起きたのは、1987年5月3日午後8時15分ごろのことでした。祝日である憲法記念日の夜、朝日新聞阪神支局の2階編集室には、宿直勤務の犬飼兵衛記者(当時42歳)と、応援で執筆にあたっていた小尻知博記者(当時29歳)、そして別室にいた高山顕治記者(当時25歳)の3人がいました。
黒い目出し帽をかぶり、散弾銃を手にした小柄な男が編集室へ無言で侵入。振り返った犬飼記者に向けて至近距離から発砲し、さらに立ち上がろうとした小尻記者の至近距離から左胸へ向けて引き金を引きました。男は一切の言葉を発することなく、階段を駆け下りて夜の闇へと逃走したのです。
小尻記者は全身に散弾を浴び、翌5月4日未明に失血死のため殉職しました。重傷を負った犬飼記者は一命を取り留めたものの、右手の指を失うなどの後遺症を背負うことになります。取材現場そのものが標的となり、言論人が銃撃によって命を奪われるという前代未聞の事態に、日本社会全体が激しい衝撃を受けました。