甲状腺全摘術を受けた瞬間から、患者の体内では恒久的な甲状腺機能低下症が成立する。生命を維持し、代謝を適正に保つためには、生涯にわたって合成甲状腺ホルモン製剤であるレボチロキシンナトリウム(製品名:チラージンSなど)を毎朝服用し続けなければならない。
このホルモン補充療法は、適切な血中濃度(TSHやFT4の値)を維持できれば健康な人と変わらない生活を送れるとされる。だが、内科的な安定を見るまでには数ヶ月から1年以上の微調整を要することも多い。少しの用量不足で冷えや便秘、浮腫、うつ症状が現れ、逆に過剰になれば動悸や骨密度の低下リスクを招く。毎朝空腹時に薬を飲むという行為自体が、「自分は病人である」という現実を毎朝突きつける。
もう一つの切実なリスクが、カルシウム代謝を司る副甲状腺のダメージだ。甲状腺の裏に米粒大の大きさで4つ存在する副甲状腺が術中に切除されたり血流を失ったりすると、副甲状腺機能低下症を引き起こす。血液中のカルシウム濃度が急激に低下し、手足や口の周りの痺れ、筋肉の痙攣(テタニー)といった辛い症状に襲われる。重篤な場合は生涯にわたって活性型ビタミンD製剤やカルシウム剤の併用が必要となり、薬の管理は一段と複雑になる。