多くの人が抱く最大の疑問が、「湖であるならば、なぜ『カスピ海』と海の名で呼ばれるのか」という点です。カスピ海が海か湖かという違いの理由には、地球史の成り立ちと国際政治の駆け引きが深く絡み合っています。
地質学的な起源を遡ると、カスピ海は数千万年前に存在した古代海洋「パラテチス海」の一部でした。地殻変動によって外海(大洋)から完全に切り離された結果、陸地の中に海水が取り残された「残存湖(海跡湖)」となった経緯があります。そのため、一般的な河川が注ぎ込む湖とは異なり、水には約1.2%の塩分が含まれています。通常の海水(約3.5%)よりは薄いものの、れっきとした「塩湖」であり、これが「海」と呼ばれる大きな要因となっています。
さらに問題を複雑にしてきたのが「国際法上のステータス」です。沿岸5カ国間では長年、石油や天然ガスなどの豊富な海底資源、名産であるチョウザメ(キャビア)の漁業権を巡り、「海」として海洋法条約を適用するか、「湖」として全沿岸国の合意で資源を等分するかで激しい対立が続いてきました。2018年に「カスピ海の法的地位に関する協定」が署名され、水面は共有しつつ海底と資源を分割するという「特殊な法的地位」が認められたものの、その境界を巡る繊細なバランスは今なお続いています。