2人の出会いは、東山氏が学生から大学院生として福岡で学んでいた20代前半から半ばの頃とされています。文学を志しつつも、どのように社会と向き合うべきか模索していた青年時代の東山氏にとって、飾らずに本音で語り合える彼女の存在はかけがえのないものでした。
結婚後、東山氏は定職に就かず非常勤講師やアルバイトを掛け持ちしながら原稿用紙に向かう日々が続きました。世間一般の基準で見れば不安定極まりない生活状況でしたが、妻は夫の文学的才能を疑うことなく、「書くならとことん書きなさい」と黙々と日々の暮らしを切り盛りしていました。
直木賞受賞が決まった際、周囲がお祭り騒ぎになる中でも、奥様は至って冷静に「おめでとう」と声をかけ、翌日からも普段と変わらない日常を求めたというエピソードがあります。この地に足の着いた妻のスタンスこそが、受賞後も東山氏が浮足立つことなく、コンスタントに傑作を生み出し続けられる最大の秘訣と言えます。