古坂大魔王の知的な語り口や論理的思考のルーツを探ると、その生い立ちと長い下積み時代に行き着きます。本名は小坂一仁(こさか かずひと)。1973年7月17日生まれ、青森県青森市の出身です。
学歴としては青森県立青森東高校を卒業しています。高校時代からすでにお笑いの才能を発揮し、卒業後に上京してお笑いトリオ「底抜けAIR-LINE」を結成しました。1990年代半ば、『タモリのSuperボキャブラ天国』(フジテレビ系)への出演をきっかけに大ブレイクを果たし、若手人気芸人の仲間入りを果たします。
しかし、当時の古坂大魔王は「笑いと音楽の融合」という自身の目指す表現とお笑いブームの商業主義とのギャップに苦悩していました。2003年には底抜けAIR-LINEの活動を休止し、テクノ・ロックユニット「ノーボトム!(NBR)」を立ち上げ、音楽活動へ本格的にシフトします。
この時期は世間的な露出が激減し、周囲からは「芸人を捨てた」と揶揄されることもありました。しかし彼はavexに所属しながら、AAA(トリプル・エー)の楽曲リミックス、鈴木亜美のステージ楽曲制作、アイドルのプロデュースなど、裏方として膨大な音楽制作の実務をこなしていきました。この10年以上に及ぶ過酷な音楽制作の現場経験こそが、後のPPAPのトラックメイキングや、緻密なコード進行・音圧設計の強固な土台となったのです。