日本最強の鬼として語られる酒呑童子ですが、歴史学や民俗学の領域では「そもそも鬼とは何者だったのか」という議論が古くから重ねられてきました。民俗学者の研究や歴史的考証が示す酒呑童子首塚の真相には、権力者が作り上げたプロパガンダの陰影が見え隠れします。
有力な学説の一つが、「丹波の鉱山・産鉄集団」説です。酒呑童子が赤ら顔で酒を浴びるように飲む姿や、巨大な鉄棒を振るう描写は、辰砂(水銀朱)の採掘者や製鉄に携わる職人集団の特徴と酷似しています。山奥に独自の製錬技術と武装組織を持ち、中央政権の支配に屈しなかった産鉄民たちが、朝廷側から「山中に棲む異形の鬼」として貶められたという見方です。
もう一つの学説が、「朝廷に従わぬまつろわぬ民・関所武装勢力」説です。老ノ坂峠や丹波の山深くに拠点を置き、都と地方を結ぶ物流ルートを押さえて私的に関銭(通行税)を徴収していた山賊集団、あるいは古代の地方豪族の末裔を、平安貴族が武力制圧し、その討伐を正当化するために「鬼神を退治した英雄譚」へと仕立て上げたという構造です。敗者を鬼に仕立て上げ、境界の峠にその首を封印することで、中央権力の武威を天下に知らしめると同時に、境界の向こうに広がる異界からの災禍を遮断しようとした政治的・呪術的意図が読み取れます。