寺岡呼人のキャリアを語る上で欠かせないのが、JUN SKY WALKER(S)からの2度の脱退劇です。
広島県福山市出身の寺岡呼人は、1988年にベーシストとしてJ(S)Wに正式加入しました。端正なルックスとスタイリッシュな佇まいは、当時の音楽誌やグラビアでも大きな話題を呼び、「若い頃のヴィジュアルアイコン」としても熱狂的なファンを獲得しました。しかし、バンドが絶頂期にあった1993年、寺岡呼人は突如として脱退を発表します。
当時のインタビューや後年の回想録によると、脱退の引き金となったのは「バンドというフォーマットにおける音楽性の乖離と、作編曲家としての自己表現の追求」でした。パンク・ビートロックを純粋に突き詰めようとするバンド本体に対し、寺岡呼人の志向はビートルズや松任谷由実に通じる豊潤なメロディラインと緻密なコードプログレッションにありました。バンドの看板に依存せず、1人の音楽家として自立するための苦渋の決断だったといえます。
その後、2007年のジュンスカ期間限定再結成、2011年の完全復活を経て、デビュー30周年の節目となった2018年に「卒業」という形で再び脱退。この2度目の離脱は決して不仲によるものではなく、お互いのキャリアと表現を尊重し合った上での「円満な卒業」であることが公式に明かされています。自らの原点であるバンドを健全に手放す覚悟を持てたからこそ、プロデューサーとしての客観的かつ柔軟な視座が磨かれました。