白河小峰城の骨格を作り上げたのは、寛永年間に白河藩主となった丹羽長重だ。それまでの中世城郭から、本格的な近世城郭へと大改修を断行。総石垣造りの強固な縄張りを完成させ、奥州への入り口を固める要塞へと昇華させた。
さらに後年、寛政の改革で知られる名君・松平定信が城主となると、城下町の整備や学問の奨励が進められた。自ら「南湖公園」を造成するなど風雅な文化人でもあった定信の美意識は、城郭全体の洗練された佇まいにも色濃く反映されている。巧みな石垣の積み上げ技術と緻密な縄張りは、日本の伝統的な城郭建築における最高峰のひとつと言ってよい。