この事件が社会に投じた最大の問いは、「無添加=絶対的な正義・安全」という消費者の思い込みの危うさです。問題の店舗は「無添加」「防腐剤不使用」「離乳食完了期のお子様から安心して食べられる」といったコピーを全面に押し出し、健康志向の強い購入者を惹きつけていました。
食品科学の観点から見れば、砂糖は単に甘みをつける調味料ではありません。食品中の自由水を抱え込み、微生物が利用できる水分(水分活性)を奪うことで、雑菌の繁殖を強力に抑える「天然の保存料」としての役割を果たしています。ジャムや羊羹が常温でも長期間腐らないのは、極めて高い糖度のおかげです。
それにもかかわらず、店主は「身体に優しいお菓子」を作ろうとするあまり、保存料を使わない一方で砂糖の配合量も極限まで減らしていました。これは、食品の防波堤をすべて取り払った無防備な状態で、菌の培養器を放置したことと同義です。「添加物は悪、無添加は善」という短絡的なオーガニック神話に囚われ、科学的な保存のメカニズムを理解していなかったことが、大惨事を招いた本質的な背景と言えます。