彼女の演技の骨格を形作ったのは、間違いなく劇団東京乾電池での劇団員時代だ。高校卒業後に単身上京し、アルバイトを掛け持ちしながら演技の修行に明け暮れた。当時の彼女を知る関係者は「とにかく口数が少なく、だが稽古場での集中力は異様だった」と述懐する。
劇団の主宰である柄本明のもとで叩き込まれたのは、過度な演出に頼らず「ただそこに存在すること」の難しさと尊さだった。日常のふとした仕草の中に人間性のリアルを滲ませる技法は、この厳しい劇団時代に磨き上げられたものだ。所属事務所である株式会社ノックアウトへの信頼も厚く、独自のスタイルを崩さずに役柄へ没頭できる環境が、彼女のタフなキャリアを支えている。