甲子園で数々の奇跡を演出し、高校野球界の頂点に君臨し続けたPL学園野球部がなぜ休部に追い込まれたのか。その直接の引き金となったのは、2000年代以降に度重なり表面化した部内での暴力・いじめ事案でした。2013年には対外試合禁止処分を受け、当時の監督が退任。その後任監督の人選をめぐって学校法人・教団側と野球部サイドの間に修復不能な溝が生じました。
野球経験のない校長がユニフォームを着てベンチ入りする異例の事態が続いた後、学校側は2015年度からの野球部員新規受け入れ停止を決断。伝統の「研志寮」における厳格すぎる縦社会や付き人制度といった旧来の体質が時代のコンプライアンス基準と乖離したことも重なり、2016年7月、残された12人の3年生部員が最後の夏を終えた瞬間、半世紀以上にわたる栄光の歴史は公式戦休部という形で一度幕を下ろしました。