中島敦が遺した作品群は、その短い活動期間ゆえに決して多くはありません。しかし、そのすべてが完璧な構成美と深い哲学的思索を宿した最高水準の傑作です。
1. 『光と風と夢』(1942年)
『宝島』や『ジキル博士とハイド氏』で知られる英作家ロバート・ルイス・スティーヴンソンが、結核の療養のためにサモア島へ移住した晩年を描いた中編小説。第15回芥川賞の有力候補となり、中島の生前に刊行された唯一の単行本となりました。病魔と闘いながら南の島で執筆に命を燃やすスティーヴンソンの姿には、パラオに渡った中島自身の魂が完全に重ね合わされています。
2. 『李陵』(1943年・没後発表)
漢の武将・李陵、匈奴に降伏した彼を擁護して宮刑に処された歴史家・司馬遷、そして匈奴に囚われながらも節操を守り通した蘇武。過酷な運命に翻弄される3人の生き様を重層的に描き出した歴史小説の金字塔です。国家と個人、運命への服従と反逆という普遍的なテーマを極限まで突き詰め、中島文学の到達点と高く評価されています。
3. 『弟子』(1943年・没後発表)
孔子とその最も純粋な弟子・子路(しろ)の絆を描いた名作。猪突猛進で不器用ながら、師の教えを愚直に貫いて非業の死を遂げる子路の生き方は、知性過剰に陥りがちだった中島自身が抱いていた「行動する人間」への強い憧憬を象徴しています。