では、国分太一さんと嫁・腰原藍さんはどのように出会ったのでしょう。
そして、どのように結婚に至ったのでしょうか。
仕事がきっかけで出会った
TBSの社員だった、腰原藍さん。
担当番組の中で、国分太一さんとの出会いがあったようです。
「最初は普通にお仕事していたんですけども、仕事じゃなくなっていったというか。僕のほうがたぶん好きになっていった」
TBSの番組で、このように語った国分太一さん。
交際については、2009年に女性週刊誌の独占インタビューに応じています。
「普通の心を持っているというか、そういう部分にひかれました。彼女といると、普通の気持ち、普通の男になれる」
堂々の交際宣言ですよね。
彼女の好きなところは、と聞かれると
「すごく常識を持っている方で、僕が引っ張るというよりかはかなり引っ張ってくれて。尊敬できるところですね」
と答えていました。
「デズモイド腫瘍」で結婚を意識
国分太一さんは、2009年に手術のため一ヶ月入院しています。
仕事をほとんど休まなかったので、当時の視聴者は、ほぼ誰も気がついていなかったようです。
国分太一さんを襲った病魔の名は、『デスモイド腫瘍』。
軟部組織にできる、良性と悪性の間の中間型腫瘍の1つと言われています。
「こぶしぐらいの腫瘍が右の腹筋にできて、それを摘出しなければいけなかった」
出典:https://news.livedoor.com/
と、ゲスト出演した『ナインティナインのオールナイトニッポン』で、当時を振り返った国分太一さん。
病院からロケに通っていたと言います。
腫瘍は良性だった、ということですが、そもそも完治する病ではないとのこと。
腹筋に穴が開き、今でも腹部には大きな傷跡が残っているそうです。
当時は、さぞやショックを受けたことでしょう。
けれど、そんな国分太一さんを支えたのが、既に交際していた腰原藍さんだったのです。
「大きな病気になって、心身ともに疲れているときにいろいろ助けてもらえた」
出典:https://news.livedoor.com/
この時から、結婚を意識しだしたと言います。
「手術から退院まで1カ月くらい入院するなかで、(妻に)バックアップしてもらった」
出典:https://news.livedoor.com/
腰原藍さんはまだTBSで働いていた時期です。
それなのに、「毎日病室に来てくれた。身近なことも嫌がらずにやってくれた」と国分さんが語っているのです。
その献身的な姿にぐっときたことは、想像に難くありません。
国分太一さんにとって、この病気が人生のターニングポイントだったのですね。
プロポーズの言葉は超王道
自身がMCを勤めていた番組で、結婚を報告した国分太一さん。
共演の真矢みきさんや泉谷しげるさん達から、プロポーズの言葉を問われました。
「普通ですよ、至って普通です。皆さんがプロポーズしたときのような…ホントに普通に『結婚してください』と、シンプルに言いました」
出典:https://www.oricon.co.jp/
自宅で夜にプロポーズしたという、国分太一さん。
シンプルな言葉ゆえに、気持ちがまっすぐ伝わったに違いありません。
結婚報告はファンを優先
国分太一さんと腰原藍さんの結婚は、勿論マスコミで報道されました。
しかし、その前にファンクラブ会員には「国分太一からのお知らせ」が届けられていたと言います。
アイドル、しかもジャニーズの結婚となると、アンチ的な意見はどうしても出てくるモノです。
しかし、この気遣いがあったからか、祝福モードの方が強かったようです。
国分太一が結婚指輪をデザインした
出演していた番組で結婚報告をした、国分太一さん。
共演者から、指輪についても聞かれました。
「オリジナルでちょっと作りまして…彼女の指輪のサイズをまったく知らなくて、(過去に)1回あげたんですけども忘れちゃいまして、よくないことですけど…。自分で薬指を触って(目安をつけて)オリジナルのを作りました」
出典:https://www.oricon.co.jp/
いきなり「つくりました」というのが、モノづくりTOKIOメンバーらしいと言うか、何と言うか。
とは言え、国分太一さんの、相手への気持ちが伝わってくるエピソードですよね。
ちなみにその指輪のサイズが小さすぎたことが、結婚会見で語られていました。


