彼女が芸能界にスカウトされた決定的な要因は、喧嘩の強さではなく、その圧倒的な歌唱力とリズム感でした。十代半ばにしてアメリカのソウルミュージック、特にレイ・チャールズに心酔した彼女は、大阪のジャズ喫茶や米軍キャンプ周辺のクラブで歌い始めます。当時の芸名は「マーガレット和田」。洋楽のスタンダードナンバーを唸るような低音と豊かな声量で歌い上げる姿は、業界関係者に強烈な衝撃を与えました。
1969年発売の2ndシングル『どしゃぶりの雨の中で』や、1972年に日本レコード大賞最優秀歌唱賞を受賞した『あの鐘を鳴らすのはあなた』を聴けば、彼女が単なる流行歌手ではなく、本格的な和製R&B・ソウルシンガーの草分けであったことが明白です。
近年では、世界的なシティポップや昭和ファンクの再評価ムーヴメント(和モノレアグルーヴ)の波に乗り、海外のDJや音楽コレクターの間で彼女の初期音源が高値で取引されています。ホーンセクションに負けない強靭な肺活量と、黒人音楽特有のグルーヴを日本語に乗せる卓越したテクニックは、半世紀を経た2026年現在も色褪せることなく高い評価を獲得しています。