事件の代償は極めて大きかった。逮捕者や自殺者を出す惨事となり、当時の三塚博蔵相や松下康雄日銀総裁が引責辞任に追い込まれた。世論の怒りは頂点に達し、政府は抜本的な組織改革を迫られることになる。
結果として、財政と金融の分離が決定した。最強の権力を持っていた大蔵省から金融行政部門が切り離され、現在の金融庁が誕生することになる。さらに大蔵省自体も、2001年の中央省庁再編によって「財務省」へと名称変更を余儀なくされた。一つのスキャンダルが、国家の最高機関の看板を掛け替えさせるほどの地殻変動を起こしたのだ。