高校バレー界で旋風を巻き起こした烏野高校の「最強の囮」が、なぜ卒業直後にインドアの強豪実業団や大学ではなく、南米ブラジルでのビーチバレー修行を選んだのか。その根底にあったのは、相棒である天才セッター・影山飛雄という存在への強烈な危機感と、自分自身の「小ささ」に対する冷徹なまでの現実直視でした。
高校時代の日向は、影山の神業的なトスによって「打たせてもらっていた」側面を否定できません。春高準々決勝の鴎台戦で発熱退場という痛恨の挫折を味わった日向は、バレーボールという過酷なスポーツにおいて「高さを補う技術」と「怪我をしない強靭な肉体」、そして何より「コート上のすべてを自分一人でやりきる自立」が不可欠であると骨身に染みて悟りました。インドアの6人制とは異なり、ビーチバレーはわずか2人で広大な砂のコートを守り、攻撃を組み立てます。トスもレシーブも戦略も、誰かのせいにすることは許されません。「全部できるようにならなきゃ、上には行けない」――この飢餓感が、日向をブラジルへ駆り立てた最大の理由です。
この無謀とも思える挑戦の裏には、かつて日向と同じく「低身長」に苦しみ、大型選手を集めることでしか全国を狙えないと信じていた白鳥沢学園・鷲匠鍛治監督の存在がありました。春高宮城予選で日向に敗れ、その後の疑似ユース合宿でボール拾いに徹する日向の執念を間近で見た鷲匠監督は、かつての自分が諦めてしまった「小さくても世界と戦う道」を日向に見出します。自らの教え子である白鳥沢OBのルートを辿り、ブラジルのビーチバレー関係者への足がかりを示唆したのは他ならぬ鷲匠監督でした。かつての最大の敵が、日向の未来を拓く最大の理解者となったこの師弟関係の昇華は、作品の持つ人間ドラマの真骨頂です。