騒動の発端となったのは、代表作とされた『交響曲第1番 HIROSHIMA』の大ヒットでした。広島の原爆被害をテーマにしたこの大作は、CD売上18万枚を超えるクラシック界異例のメガヒットを記録。「苦難を乗り越えた闇の音楽家」というドラマチックなストーリーは、NHKスペシャルをはじめとする大手メディアによって美談として増幅されていきました。
しかし、その裏で実作を担当していたのは、桐朋学園大学で非常勤講師を務めていた新垣隆氏でした。関係が始まったのは1996年頃、映画音楽の作曲依頼がきっかけです。佐村河内氏がプロットや構成表、抽象的なイメージ指示書(図表や感情の起伏を記したもの)を提示し、それをもとに新垣氏が実際のオーケストレーションや譜面制作を一手に引き受けるという関係が約18年間にわたって続いていました。
人気ゲームソフト『鬼武者』の劇伴音楽や、ソチ五輪のフィギュアスケート日本代表・髙橋大輔選手のエキシビション用楽曲に選ばれた『ヴァイオリンのためのソナチネ』など、数々の著名な作品がこの二人三脚によって世に送り出されていたのです。新垣氏は「高橋選手が大舞台で嘘の楽曲を使うことに耐えられなかった」と告発の動機を明かしました。