事件の幕開けとなったのは、1980年(昭和55年)12月2日午後のことでした。金城学院大学国文科3年生の女子学生(当時22歳)は、名古屋市千種区の路上を歩いていたところ、見知らぬ男から「道を教えてほしい」と声をかけられます。親切心から男の乗る車(三菱・ランサー)に近づいた瞬間、車内に強引に引きずり込まれました。
犯人の木村修治(当時30歳)は、被害者を車に乗せた直後、顔を見られたことや騒がれることを恐れ、名古屋市内の路上に停車した車内においてロープで被害者の首を絞め、即座に絶命させました。当初から身代金目的誘拐を企てていながら、誘拐からわずか数時間足らずで被害者の命を奪うという極めて冷酷かつ短絡的な犯行でした。
木村は遺体を愛知県西加茂郡藤岡町(現在の豊田市)の山林に遺棄した後、被害者の自宅へ電話をかけ、身代金3,000万円を要求しました。犯人は公衆電話を転々としながら計9回にわたって脅迫電話をかけ、指定した受け渡し場所に現れるよう指示を繰り返すなど、警察の包囲網を攪乱する工作を行いました。