伊藤みどりの名前がフィギュアスケート史に永遠に刻まれている最大の理由は、その圧倒的な身体能力とジャンプの完成度です。1988年愛知・名古屋でのNHK杯で女子選手として世界初のトリプルアクセルを成功させ、翌1989年の世界フィギュアスケート選手権(パリ)で日本人初となる世界女王の座に輝きました。この大会のフリープログラムでマークした「芸術点・技術点での6点満点連発」は、旧採点方式における伝説的一幕として今なお語り継がれています。
彼女のジャンプの特徴は、現代の回転不足スロー判定を寄せ付けないほどの圧倒的な「跳躍高」と「飛距離」にありました。身長145cmの小柄な体躯から繰り出されるトリプルアクセルは、高さ約60cm超、飛距離3メートル以上に達し、当時の男子トップスケーターであったブライアン・オーサーやカート・ブラウニングに匹敵する運動量を誇っていました。
1992年のアルベールビルオリンピックでは、ショートプログラムでの出遅れやフリー冒頭のトリプルアクセル転倒という絶体絶命の危機に直面しながらも、演技終盤に急遽構成を変更して再度トリプルアクセルに挑戦し、見事にクリーン着氷。この不屈の闘志によって掴み取った銀メダルは、日本女子フィギュア界における五輪初メダルという歴史的快挙となりました。