時代劇や伝奇アクションで広く知られる呪文「臨・兵・闘・者・皆・陣・列・在・前(りん・ぴょう・とう・しゃ・かい・じん・れつ・ざい・ぜん)」。これは「九字護身法(くじごしんぼう)」と呼ばれ、自らに迫る災厄を断ち切り、精神を極限まで研ぎ澄ますための秘術です。
この呪句のルーツは、4世紀の中国・東晋時代の道教思想家・葛洪が著した『抱朴子(ほうぼくし)』登渉篇にあります。原典では「臨兵闘者皆陣列前行(臨む兵、闘う者、皆陣列をなして前に進め)」と記され、山林に入る際に魔物や猛獣から身を守るための護符の言葉でした。これが日本に伝来後、密教や修験道、陰陽道と習合し、「前行」が「在前」へと変化しながら独自の体系を築き上げました。
九字護身法には大きく分けて、指先で9つの複雑な印を順番に結んでいく「本印(九字結印)」と、人差し指と中指を立てた刀印で空を切る「九字早切り」の2つのやり方が存在します。
【九字護身法・本印の結び方と象徴】
1. 臨(りん):普賢三摩耶印(独鈷印)=不動心と精神の安定を得る。
2. 兵(ぴょう):大金剛輪印=強烈なエネルギーと行動力を呼び覚ます。
3. 闘(とう):外獅子印=宇宙の調和と同調し、闘争心を統御する。
4. 者(しゃ):内獅子印=自他を癒やし、生命力を回復させる。
5. 皆(かい):外縛印=周囲の危機を察知し、災いを未然に防ぐ。
6. 陣(じん):内縛印=他者の思惑や心の動きを洞察する。
7. 列(れつ):智拳印=時空を超えた絶対的な智慧を獲得する。
8. 在(ざい):日輪印=大自然の万物と調和し、超感覚を研ぎ澄ます。
9. 前(ぜん):隠形印(宝瓶印)=気配を消し、神仏の保護のもとに完全に身を隠す。
一方、より緊急性の高い場面で使われる「刀印(とういん)の切り方」は、右手の人差し指と中指を揃えて伸ばし、残りの指を親指で押さえて刀に見立てます。左手は腰に当てて鞘(さや)の形を取り、空間に対して横に4本、縦に5本、合計9本の直線を格子状(セーマ)に素早く切り裂きます。最後に中央へ「鬼」や「龍」などの文字を書き込んで封じ込める流派もあります。この格子模様は魔を閉じ込める結界となり、術者の周囲に不可侵のセーフティゾーンを作り出します。古の武士や旅人は、厄除けや邪気払いの手印としてこの九字を切り、死地へと足を踏み入れました。