現在でこそ温和で恰幅の良いタレントとして親しまれる彦摩呂ですが、若い頃の端正な顔立ちとシャープなスタイルは、当時の芸能界でも屈指の美男子として知られていました。
芸能界入りのきっかけは、1988年に開催された「第2回ホリプロ男性タレントスカウトキャラバン」です。モデル活動を経て同オーディションで特別賞を受賞した彦摩呂は、秋元康がプロデュースを手掛けた男性パフォーマンス集団「幕末塾(ばくまつじゅく)」のメンバーとして抜擢されます。芸名「彦摩呂」を命名したのも秋元康であり、グループ内ではリーダーとしてフロントマンを務めました。
1989年にシングル『時代を殴るには自分の素手がいい』で鮮烈なメジャーデビューを果たした当時の彦摩呂は、切れ長の涼しげな目元、シャープなフェイスライン、引き締まった長身を誇り、雑誌グラビアや音楽番組を席巻。「和製アラン・ドロン」や「正統派美少年」と称されるほどのビジュアルで、熱狂的な女性ファンを獲得していました。当時の宣材写真やアイドル雑誌のスナップを見ると、トレンディドラマの主演俳優と見紛うほどの美貌を備えていたことが分かります。