大久保利通に対しては、当時から「権力を独占して甘い汁を吸っている」「独裁者として私腹を肥やしている」といった激しい誹謗中傷が渦巻いていました。現代のネット言論や一部の歴史俗説でも「大久保暗殺には政府内の黒幕がいたのではないか」という陰謀論が語られることがあります。しかし、残された客観的史料はこれらの風説を完全に否定しています。
暗殺後、大久保家の財産整理を行った政府関係者は愕然としました。明治政府の頂点に君臨していた大久保の遺産は、蓄財どころか約8,000円の巨額の借金(負債)だったのです。当時の1円は現在の数万円から十数万円の価値に相当するため、現在の貨幣価値に換算すれば数億円規模の借入金が存在していたことになります。
この借金の正体は、福島県の安積疏水事業をはじめとする国営の大規模灌漑・開拓事業や、殖産興業プロジェクトに大久保が個人名義で用立てた開発資金でした。国庫の予算が不足した際、自らの屋敷や私財を担保にして銀行から融資を引き出し、公共事業を強引に推し進めていたのです。私腹を肥やすどころか、文字通り私財のすべてを国家建設に注ぎ込んでいた事実が明らかとなり、世論の評価は一変しました。
また、岩倉具視や伊藤博文、山縣有朋らが暗殺に関与したとする「政府内黒幕説」についても、史料的な根拠は皆無です。大久保の急死によって政府中枢は大混乱に陥り、遺体と対面した伊藤博文が号泣し、三条実美や岩倉具視が恐怖と悲嘆で動揺した記録が詳細に残されています。大久保という強固なリーダーシップを失った明治政府は、一時的に政策推進の求心力を著しく削がれることになりました。