上田馬之助の名を不滅のものにしたのが、インドの狂虎ことタイガー・ジェット・シンとの凶悪タッグ結成です。新日本プロレスのリングにおいて、サーベルを手にするシンと、竹刀を振り回す上田のコンビは、当時のファンにトラウマ級の衝撃を与えました。
特にアントニオ猪木や坂口征二との抗争は凄惨を極め、1977年2月の大阪府立体育会館で行われた「猪木対上田」の釘板デスマッチは、日本プロレス史に残る過激な名勝負として今なお語り草です。リング上に敷き詰められた無数の釘の上に相手を叩き落とすという狂気のルールの中、上田は見事な受け身と狂気じみた表情で観客の憎悪を一身に集めました。
その後、新日本プロレスだけでなく全日本プロレス、国際プロレス、さらには後年のインディー団体に至るまで、上田はどのリングでも徹底して「憎まれ役」を完遂。主役を引き立てながら自らも強烈な存在感を放つプロフェッショナリズムは、後進のレスラーたちに計り知れない影響を与えました。