幕末史を語る上で欠かせないのが、同郷の英雄である坂本龍馬と岩崎弥太郎の関係です。土佐藩が資金援助を行っていた龍馬率いる「海援隊」において、長崎でその経理や物資調達を一手に担っていたのが土佐商会の弥太郎でした。
当時の記録や書簡によれば、理想主義を掲げて奔走し大金を湯水のように使う龍馬に対し、冷徹な帳簿管理を求める弥太郎は常に頭を抱えていたと伝えられます。二人は連日連夜、長崎の料亭で激論を交わしながらも、互いの才覚を認め合う奇妙な同志的結合を保っていました。龍馬がいろは丸沈没事件で紀州藩から巨額の賠償金を勝ち取った際の実務面でも、弥太郎の交渉力が水面下で発揮されています。
一部の俗説や創作物では、龍馬暗殺の黒幕に弥太郎を擬するフィクションが散見されますが、歴史研究の現場においてこれは明確に否定されています。龍馬が京都・近江屋で暗殺された際、弥太郎は長崎でその死を深く悼み、海援隊の残務処理と隊士たちの生活保障に奔走しました。龍馬というカリスマの死は、弥太郎にとってはむしろ痛烈な痛手であり、彼が遺した商圏や人脈を引き継ぎつつも、国家規模の商業組織を築く動機へと昇華されていったのです。