天理市が誕生したのは、昭和の大合併が進められていた1954(昭和29)年4月1日のことです。山辺郡丹波市町、福住村、二階堂村、朝和村、福住村など1町5村が合併する際、新市名の選定を巡って激しい議論が交わされました。
当初の候補には、郡名にちなんだ「山辺市(やまべし)」や、中心地であった「丹波市(たんばいちし)」などが挙げられていました。しかし、すでに天理教の教会本部が置かれ、全国から年間数百万人規模の参拝者が訪れる一大拠点となっていたことから、圧倒的な知名度を誇る「天理」を市名に推す声が急速に高まった経緯があります。
宗教名称を自治体名に冠することに対し、日本国憲法第20条が定める「政教分離の原則」に抵触するのではないかという懸念も一部で浮上しました。しかし、自治庁(現在の総務省)は「市名に特定の宗教名を採用すること自体は、特定の宗教への特権付与や信教の自由の侵害には当たらない」との見解を示しました。合併関係町村による協議会や住民の意向調査を経て、最終的に満場一致に近い形で「天理市」という名称が正式採用されたのです。
天理教側が強硬に市名を要求したわけではなく、むしろ合併当時の行政側や地元商工会が「全国的な知名度の高さによる経済効果と地域発展」を期待して選定したという側面が強い点は、歴史的事実として押さえておく必要があります。