西郷隆盛の娘・西郷菊草の生涯|母との別れと波乱の結婚の真相

西郷隆盛の娘・西郷菊草の生涯|母との別れと波乱の結婚の真相

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西南戦争の混乱が落ち着いた明治13年(1880年)頃、菊子は西郷隆盛の従弟にあたる陸軍卿・大山巌の弟である大山誠之助(おおやま せいのすけ)と結婚します。大山家は薩摩屈指の名家であり、一見すると名門同士の盤石な縁組に見えました。

しかし、夫となった大山誠之助は、極めて破天荒かつ気性の激しい人物でした。西南戦争では西郷軍に身を投じて戦い、戦後に投獄された経歴を持ちますが、出獄後は定職に就かず、事業の失敗や相場への投機、さらには放蕩と多額の借金を重ねるようになります。生活は困窮を極め、妻である菊子には度重なる心労と家庭内での過酷な試練が降りかかりました。

二人の間には長男・大山秀彦をはじめとする子供たちが生まれましたが、誠之助の乱行は収まらず、債権者からの督促に怯える日々が続きました。歴史資料や親族の回顧録によると、菊子はどれほど困窮しても弱音を吐かず、母・愛加那譲りの芯の強さで子供たちを守り抜いたと伝えられています。

この危機的状況を救ったのが、台湾総督府の官僚(宜蘭庁長)や京都市長として卓越した行政手腕を発揮していた実兄・西郷菊次郎でした。菊次郎は妹の苦境を見かねて私財を投じて負債を整理し、菊子と子供たちを自らの邸宅に引き取り、庇護下に置く決断を下しました。

伊藤 翔太
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伊藤 翔太

マネー知識やキャリア形成に役立つノウハウを、初心者にも分かりやすく解説するのが得意です。