「なぜ普通に生きているだけで疲弊してしまうのか」という問いに対し、仏教 苦しみの原因は「ドゥッカ(苦=思い通りにならないこと)」への執着(渇愛)にあると説きます。
厚生労働省や各種メンタルヘルス実態調査の公表データを見ても、職場やSNS利用における「過剰な情報接触による自己否定感や慢性的ストレス」を訴える相談件数は高止まりを続けています。SNSや掲示板などで吐露されるユーザーの生の声を見ても、「特別な不幸はないのに、他人の投稿を見るだけで心がざわつく」「常に何かに追われている感覚が抜けない」という訴えが目立ちます。
心理学的に見ると、これは「五蘊の高速空回り」そのものです。スマートフォンの画面を見る(色)→ 不快な投稿に触れる(受)→「自分は劣っている」と解釈する(想)→ 焦って過剰に発信・反論しようとする(行)→ 疲弊した自己を再認識する(識)というサイクルが1秒足らずで繰り返されています。
心と体という精巧な認知システムを持っているからこそ、刺激に対して自動的に反応が生じ、それを「私自身の絶対的な現実」と誤認してしまう点に、現代の生きづらさの本質があります。